私と宗教

世の中宗教の話はタブーな場合が多い。

職場でもそうだし、交流の場でも、多分しない方が良い。

でも、このブログではあえて少しオープンに書いていきたいと思う。

だって人生において、日々の生活において宗教はかなり密接な関係にあるのは間違いない。

日本の当たり前の行為が実は宗教から来たものや、SEX AND THE CITYでもシャーロットが愛する人と結婚する為にキリスト教からユダヤ教に改宗したり、宗教があるからこその話。

私が卒業した短大は仏教大学だった。

私は京都が大好きで、京都に住んでみたいが為に京都女子大学短期大学部に入学した。
(着物が好きだったので、服飾系に進みました)

京都女子大学は、仏教大学で浄土真宗(本願寺派)の授業が必須受講となっていた。
(仏教の単位を落とすと卒業出来ないっていうのがびっくりだが)

かといって京都女子大学の生徒が全て仏教徒でも浄土真宗の家の子でもない。

お寺の家の子も確かにいたけど、キリスト教や神道の子もいたと思う。

学校内で自分は何宗だっていう話も特になかったと思う。

ただ、開祖である親鸞聖人の教えを学んだだけだ。考え方を強要されたこともない。

宗教は在り方の哲学であって、正義を唱えているわけではないですからね。

私の周りの仏教徒

私が霊感(怖い方の)がマックスだった頃、私を助けてくれた霊能力者は真言宗の空海を慕っている人だったり、密教の不動明王を慕っている人でした。

そもそも真言宗は空海が中国から輸入した仏教で、曼荼羅だったり、瞑想や、秘密の教えなど、魔女が大好きな私としては興味深い内容だし、不動明王は「敵国退散・疫病退散の守護神」としても扱わられ、陰陽師ちっくです。(実際、私の知り合いのお坊さん?は悪霊退散の為に日々人の為に念仏を唱えていらっしゃいました。)

私自身そんなに宗教には詳しくないのですが、当時私の周りにはそのような方が多かったです。

とは言え、自分では制御出来ない不思議な感覚を、何かにお祈りしながら助けてもらう人生に当時は何となく抵抗を感じました。

というか、、、実はこの時の話はネタの宝庫なのでスレスレまでオープンに別記事で書きたいのだが・・・w

私と新興宗教

私の周りには、新興宗教の家の方がいらっしゃいました。

私の親友の1人もそうです。

お祈りやお勤めやそのコミュニティを凄く大事にされていて、思いやりがある人が多いイメージです。(一部のカルト集団を除いて)

私の親友も本当に素晴らしい人間性を持ち主です。

その宗教の教えがあるからこそ、心豊かに生きられるならその人にとって素晴らしいものです。

ただ、日本は特に地方だと「お家同士の結婚」と言う感覚がある場合もあるので宗教の違いにより結婚を反対される、という問題が起きる場合も時にあると思います。

自分自身は無宗教だと言っても、1つの宗教に特出して信仰していないだけで、自分の中で例えば「ご先祖様」だったり何か別で「信じるもの」「基準となるもの」があると思います。

宗教によって「在り方」「根本的に大切なもの」を教わるので(無意識の場合もある)、双方が素晴らしいものだとしても「根本的なもの」の違いにより苦労をするのではないかと家同士は考えるのかも知れません。

でも結局は、本人同士が宗教というフィルターを超えて、教育や頭で考える以上に、「その人といたい」という思いが勝れば、きっと本当にお互いに大事な「根本」が見つかると思います。

私が自分の宗教に対して興味をもったきっかけ

こんな風に私は自分の家の宗派に対しても他の宗派に対しても、ザックリとした知識しかありませんでした。

だけど、海外に出ると現地の人たちはもっと自分の宗教を大切にしているんですよね。

そして、アリシアちゃんっていうインドネシア人のムスリム娘に出会ってから、その思いやり溢れる心の豊かな人間性はどこから来たのだろうかと考えたら、家族の愛情やイスラム教のお祈りにあると感じたのです。(勿論アリシアちゃん自身の性格が素晴らしいのですが)

ムスリムになりたい、というより自分の宗教はどんな教えがあるんだろうと興味を持ったんです。

そして、調べると先人は素晴らしいことを言っていたのだな、何故今まで気にも止めなかったのだろうと思ったほど。

20歳前後に受けた、仏教の色んな強烈なイメージは払拭されて、「生きることは学ぶことが多く、決して甘いことばかりじゃない。地に足をつけて、周りに感謝して自分の人生を生きていきなさい。」って当たり前のことを言っているだけなんですよね。

そして色んな歴史を学ぶように哲学として興味を持った宗教について調べてみると本当に面白いです。

またそのうち続きを書きますね。

旅するヒプノ魔女 keiko

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