自分サイズの幸せ「I’M GOOD ENOUGH」…San Franciscoで学んだこと

人はより多くを求めるものだと思う。

・親は子供に良かれと思い多くを求める
・社会に出れば、お給料や勤務先によって格付けされ、平均という安心を得るために多くを求める
・イケメンで高収入のエリートで性格が良い恋人を求める
・自分のルックスにだって、可愛くありたい、センス良くありたいって女磨きをする
・人間関係も友達の数や、飲み会の数、プライベートの充実さに求めるものは底を知らない

この欲求の持ち主はほぼ私で、私は今の人生により多くを求めていたと思う。

とは言え、自分の中ではそんなに欲がない方だと思っていたし、別に面倒くさい飲み会は行きたくないし、日々仕事があるから色々な人と意味もなく会うノリの良さは持っていない。

更には清潔感があれば、イケメンでも醜男でも恋する対象の基準値は変わらない。

(イケメンにそそらない・・・)

ルックスに関しても、大してブランド物にも興味がないし、自撮りを磨く気力もないw

けど、多分

「もっと時間があれば」

「もっとお金があれば」

「もっとキャリアがあれば」

「もっと仕事が出来る人間でなければ」

と、上へ上へと登ろうとする欲求が存在する。

その欲求は一体どこへ向かっているのか、考え始めるとブラックホールへ入っていくような気もしなくもない。

仲良しでコンサル業をしているユリリンこと(上野ユリちゃん)のブログを読んでいて私はとても面白いと思った。

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2018年は宇宙の流れ的にも「破壊と再生」の年でした。

他者評価により構築された「理想の自分像」を手放し、自らの光を解き放つべし者のみが、弥勒の世からの祝福の印(しるし)を受け取る。

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なぜ面白いと思ったかはたぶん最後に分かると思います。

Google本社に勤めるエンジニアのキャリアコーチ&マインドフルネスコーチの家へ

私は2018年ー2019年の年末年始を海外で過ごすことに決め、行先は迷わずサンフランシスコでした。

そこには、1年半前一緒にブライアン・L・ワイス先生の前世療法のトレーニング中に出会ったご夫婦が住んでいたからです。

トレーニングには世界中から100名ものセラピストが学びに来ていて、その中の一人が目には見えないものをお話をする能力を持っていました。

そしてその彼女(Yさん)に言われたこと。

「あなたはかつての両親たちに会いに来たのね。彼らはあなたへの愛し方を知っている。言うべき時にどう伝えれば良いかもよく知っている。何回もの前世であなたは愛されていたの。」

気付けば、トレーニング中お世話になった同期の人たちが私の周りにいました。

その中に、サンフランシスコのご夫婦もいたのです。

去年の今日あなたは何を感じていた?

2019年元旦そのサンフランシスコの夫人ジェニファーは私に聞いた。

去年(2018年)のお正月、私は父親と大げんかした。

それを思い出した。

それは私の仕事のことで、

私が転職したことを事後報告したのも気に入らなかったのもあるし、

私は割と転職が多い方なのですが、

「転職ばかりしてフラフラしてそのうち何処にも就職先がなくなる。」

「お前のように自分は出来ると思っている女は自分の会社にもいるが、扱いづらくて辞めてくれた方が良い。」

と言われ、黙っていれば良いものの言い返したのがことの発端。

「偉そうなことを言うな!」

「お前が通った習い事や、劇団、それが結局意味があったのか?結局何の役になっていない選択の失敗ばかりじゃないか!」

「もうお前なんか家族じゃないから出て行ってくれ!」

「今後お前が何かあっても助けない。」

「たとえお前が死んでもどうでも良い。もうどこかへ行ってくれ。」

と言われた。

私はただ、(ああ。また始まった。)と思ったのだけど、

母親が「もうこんなのは嫌だ。けいちゃん謝って。パパ、けいこを許してあげて。」と泣き出したもんだから、謝った。

でも、気持ちは「無」でした。

不器用な父親は、自分は常に蚊帳の外であることに寂しさと苛立ちを感じているのです。

東京に帰って私は、

転職して初めて配属された仕事がスタートした。

でも大企業のそこの職場はプロジェクトマネジャーのパワハラが凄くて結構滅入ってしまった。

何に1番故滅入ったかと言うと、「私の選択は間違いだったのか」と認めるのが辛かったから。

だって前の職場は、本当に自分に合っていたし何の不満もなかったから。

(自分のキャリアの成長が見込めないこと以外。)

参画しているプロジェクトは既に炎上していて、私は何故かプロジェクトマネージャーの代わりお客様に謝罪をした。

契約期間までは勤務し、「なかなか酷い案件引いちゃったね。次は良いところに入れるよ。」営業から励まされた。

私はそれでも自分の選択にだんだん自信が無くなってきた。

次は良いことろに入れるよって言う根拠は何?

私は運よりも雑草のように何処でも平然と立てる強さが欲しかった。

次の配属先は、

ちょっと興味があった企業のプロジェクトに参画した。

何故興味があったかというと、外国人と働けて食事が無料だから。

そこに入って、良い部分も悪い部分もあったけど、半年で良いかなーって思い抜けることにした。

でも、ここでチームメンバーになった女性が実はオーストラリアでヒーリングの仕事をしていたこともあり凄く仲良くなったし、外国人のリーダーも本当に良い人で行って良かったなーって思っている。

(ああ。食堂が恋しいw)

その次の配属先は、今。

自分で勤務先を選んでみた。

選択肢は2つあったけど、2つの良いところ悪いところをリスト化して、今の方を選んだ。

(今度は良い環境であってほしい。そう思いながら。)

でも実際勤務がスタートすると、IT企業のオジサンばかりの職場は、私のキャラは受け入れられず、お堅く、マジで空気に馴染めなかった。

しかもチームの前任者はバリバリの経験豊富なプロジェクトマネージャーだったので、私への風当たりは少しきつかった。

(私は結局自分で決めると間違うのか。私は判断力がないのか。)

ずっとずっと自分で自分に変なプレッシャーがあった。

でも、今年の年末の忘年会には「君が頑張ってくれたからうちのチームは上に何も言われなくなった。」と言われ、気づけば私もその職場に馴染んでいた。

ジェニファーから言われた言葉 “I’M GOOD ENOUGH”

この1年、私は「絶対に私は自分で選択するし、失敗なんて言わせないんだ!」って無意識に思っていて、でも「私は結局何をやっているんだろう。」「全然幸せを感じられない。」と結局は無力感と孤独感を感じていました。

(実はYさんにはヒーリングの際「2年間父と会ってはいけない」と言われていたのに私は1年半で里帰りしたので、自分の決断に罪悪感があったのです。)

ジェニファーを見ていると私は涙が止まらなくなった。

そして、「何故自分を責めるの?keikoは投げ出さず一生懸命やってきたじゃない。新しい環境にも挑戦し、沢山頑張った。何も足らないものなんてないの。十分良くやった。」

「I’M GOOD ENOUGH」

そしてずっと優しくハグしてくれました。

私は無意識に前世の母に、優しく包んでもらいたかったのかもしれません。

そこから私は沢山の肩の荷物を下ろしてきました

実は私は沢山の無駄な荷物を持っていました。

・セラピストやヒーラーは完全に癒され両親と仲良くなくてはいけない

・セラピストやヒーラーは悩みがあってはいけない

・家族各々の課題を元気な私が背負わなければいけない(これに関してはとても重要なことなので別記事で書きます。)

などなど。

でも、こんなに素晴らしいセラピスト兼コーチのジェニファーさえ、現実をみると向き合う家族の問題はあるし、深く知っているわけではないので内容は書きませんがそれなりにあるんだと思います。

それでも、一生懸命考え、向き合う姿勢と、職場の部下達がジェニファーと話している光景をみて、人として心から尊敬の気持ちが溢れました。

だから、私は「悩みのない、なんでも上手に楽々やりのけてこそ、人を癒せるセラピスト」という思い込みを捨てました。

実は、家族との問題を抱えている私はセラピストとして未熟で名乗る資格などないのでは?と心の底で思っていたのです。

ジェニファーと話している時、やっぱり必要なのは、

「懐の深さと思いやり、愛とコミュニケーション力とユーモアのセンス、そして何気ない日常を幸せに感じられる心」 

かな、と再確認できました。

私達は実は日々一生懸命生きている

どうやら思い起こせば、ゆりりんの記事の通り、『破壊し再生する』そんな1年だったと思います。

まんまとその流れに沿ってしまった。。。

日々、色んなことが起きるし、今ここに自分として生きているからこそ色んな感情を経験します。

だから、人と比べず、他人の決めたことじゃない、自分サイズの幸せを選んでいけたら良いなと思います。

私が思うに父は、その世間が言う正しさを真面目に一生懸命こなしてきたんだと思います。きっとそれはもっともっと忍耐がいることだとこの1年で感じました。だから私は恨んでなんかいません。

そうそう、、、

カフェでこの記事を書いている時、BGMにThe Greatest Showman』の大好きな1曲『This Is Me』が流れてきてちょっと嬉しくなりました。

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